土方 嘉徳(兵庫県立大学)

 

ヒューマンインタフェースの研究をしている人は、常日頃、何らかの文系的要素を考慮しつつ研究を進めているのではないでしょうか?例えば、社会におけるコミュニケーションであったり、製品を利用するユーザの感情であったりです。こういう研究スタイルは、時として文理融合研究ともいわれます。さて、ここで理工系の研究スタイルは良いとして、文系の研究スタイルとはいったいどういうものなのでしょうか?

 

私は、ソーシャルメディアにおけるユーザの行動心理分析をしている研究者です。あと推薦システムにおけるユーザインタラクションも永く研究しています。そのような私にとって最も合っている学部は、間違いなく文理融合系の学部です。最近の流行で言うと、いわゆるデータサイエンス学部でしょうか。私は、これまでモノづくりをやったことはないし、近年はアルゴリズムなど技術的方法論の研究すらやっていません。となると、モノづくり志向や技術志向の強い学部や学会は、自分には合っていません。

 

とは言え、自分が文理融合研究をしているという意識はありません。それどころか、研究課題としては完全に文系、具体的には社会心理学です。私は、永くWebインテリジェンスの研究(Webから知識を抽出し人工知能を開発する研究)をしていましたが、Webが社会に浸透するにつれて、興味の方向が完全に、それを使っているユーザの心理に向いてしまいました。さらに、完全に文系になってしまった決定的な出来事は、関西学院大学商学部に移籍したことでしょう(それまでは、大阪大学基礎工学部におりました)。

 

商学部では、経済学や経営学だけではなく、語学系の教員もおられたので、文学にも触れることになりました。これらの学問は正直、よくわからない点もありましたが、一つ共通して言えるのは、彼らのプロの研究者としての専門性の高さと、自分で研究を進めることができる研究推進能力の高さです。文系では、基本的には研究は一人で進めるものです。学生と一緒に研究をするということは、ほとんどありません。そのため、文系の教員は研究のすべてを自分でやるので、意外と統計解析に長けていたり、プログラミングが得意だったりします。基本、現役でコードを書いています。

 

そして、理工系の教員と最大の違いは、研究(論文)での力を入れるポイントが違うということです。どこが違うかというと、それはResearch Question (RQ) です。彼ら研究は、共通して研究の立ち位置や解きたい課題が明確です。逆に言うと、RQがあやふやな論文には価値はないのです。なので、彼らが書く論文は、IntroductionとDiscussionの章が、異常に長いんです。逆に、Related Workみたいな章を設けて、「整理されていないけど、最新の研究論文を列挙してみました」みたいな邪道なことはしません。Introductionで、これまで明らかにされてきた理論やモデルを整理して紹介し、何がわかっていないのかを明確にします。そして、Discussionで、自分の発見したことが、これまでの研究結果と比べて、何が同じで何が異なるのかを明確にします。

 

そのため、論文を書くには、すごく時間がかかるし、査読も厳しいです。理工系の研究者の中には、研究者の価値を図るのに、採録された論文数を挙げる人がいますが、それは全くばかげています。文系の分野では、そもそも論文の本数は出ないし、数を増やせば、1本当たりの密度(専門性)が低下するのです。

 

このような違いがあることから、理工系や情報系の分野で出てくる文理融合系の研究には、RQが明確でないものが見受けられます。「こんなことをやりました!」っていうアピールから入っていて、何を明らかにしたいのかが明確ではないんです。また、CHIやCSCWなどのトップ国際会議もそうですが、やたら論文が長いものが多いです。論文が長くなるのは、この分野では、頑張りが評価されるからだと思います。すなわち、論文1本当たりの提案する方法の量だったり、実験の数が多かったりすれば、ボーナスがもらえるのです。研究の新規性が不明確であっても、たくさんの方法論を提案すれば、合わせ技的に論文が通る。これだと、RQがぼやけてしまって当然です。

 

文理融合研究を行う方や、それを評価する方に申し上げたいのは、たとえ調査や実験の量が少なくとも、また発見の量が少なかったとしても、これまでの研究で解明されていない明確なRQがあるのであれば、それは論文として採択されるべきであろうということです。また、研究の方法論に新規性は必要ありません。調査方法や実験方法はオーソドックスで構わないし、高度な分析方法も必要ありません。むしろ、テクニカルに走ると、何が明らかになったのかがわかりにくくなってしまいます。長い論文は、高度なことをしているものが多いと思いますが、論文に長さを求めると、学問分野の発展を歪めてしまうことにつながりかねません。

 

AIの発達に伴い、情報学においては、ますますコンピュータと人との付き合い方が重視され、社会にどのように導入していくかを考える必要が出てくるでしょう。そうなってくると、人文社会科学の観点を一切考慮せずに研究を進めることは、もはや現実的ではありません。その際、学問分野や研究の方法論に偏見が生まれないことを祈っています。将来、科学研究の学問分野全体を見渡した時に、情報学だけが浮いているような未来は見たくありません。

 

写真1:関西学院大学商学部を退職するときにいただいたメダル。文系学部にいたことで得られたことは多い。

写真1:関西学院大学商学部を退職するときにいただいたメダル。文系学部にいたことで得られたことは多い。

 

写真2:関西学院大学西宮上ヶ原キャンパスの風景。メインの文系キャンパス。きれいなキャンパスからインスピレーションを得たことも多い。

写真2:関西学院大学西宮上ヶ原キャンパスの風景。メインの文系キャンパス。きれいなキャンパスからインスピレーションを得たことも多い。