福本 雅朗 (Microsoft Corporation)

 

2020年の頭から中国の深圳(シンセン)*1に居る。以前からハードウェアのプロトタイピングに最適だとは聞いていたものの、噂にたがわぬ凄い場所である。

 

秋葉原を参考に作られたと言う深圳中心部の電気街(華強北:ファーチャンベイ)には、一坪店が何百も入った大きなビルが数十棟あり、PCやスマホ本体はもちろん、各種アクセサリ・電子パーツ・ドローンから工具まであらゆるものが売られている(写真1)。中でも特筆すべきはスマホで、画面・タッチパネル・メイン基板・筐体などの主要パーツはもちろん、カメラ・指紋センサーなどのモジュールから個々の電子チップ、コネクタやFPC(フレキシブル基板)ケーブルに至るまであらゆる部品(新品、中古、果ては工場横流し品(!)まで)が売られている(冗談で「ここで売ってる部品だけでスマホが組み立てられる」と良く言われるが、実際に iPhone を部品をかき集めて組み立てしまった猛者がいる:https://www.strangeparts.com/how-i-made-my-own-iphone-in-china/)。

 

…とは言うものの、ここで目当ての品物を探すのはそれほど簡単では無い。秋月や共立のように一箇所で何でも揃うような店は無く、極度に細分化された一坪店(例えば「LEDテープ専門」「ノベルティ用面白USBメモリ専門」など)が多い上に、B2Bの大量取引がメインな店では小口の一般客は相手にされないこともある。中には偽物(有名な偽スマホはもちろん、CPUやメモリの偽チップ、果ては某有名メーカーの電解コンデンサの偽物まで)もあったりするので注意が必要である。1日中歩き回って徒労に終わることも少なく無い。結局、目当ての部品が決まっている時は、淘宝(タオバオ)などのネット通販で買った方が遥かに楽なのだが、たまにはカオスな雰囲気に浸りに行くのも悪くはない。一方のネット通販も強烈である。多くの電子部品商は深圳に居を構えているので、早い場合はその日のうちに届いたりする(しかもチップ抵抗100個セットで40円かつ送料無料とか、誰がどこで利益を出しているのか不安になるレベル)。

 

華強北の電子城のひとつ。ここの5階はLED専門フロアで約200件の店が入っている。

写真1:華強北の電子城のひとつ。ここの5階はLED専門フロアで約200件の店が入っている。

 

深圳のある広東省とその周辺には、電子機器の製造を行う工場のほかにも、メーカーから依頼を受けて製品の設計開発を行うデザインハウス(中国語で「方案公司」)も多く集まっており、彼らをサポートする企業も多くあるが、中でも近年の発展が目覚ましいのがプリント基板と3Dプリントだろう。

 

1990年代までは、多層(スルーホール)プリント基板の制作は簡単ではなく、メーカーに頼むと最低発注数(MOQ)が100枚以上で費用も10万円以上かかり、個人が手軽に使えるようなものではなかった。2000年頃から、ブルガリアのOlimex(現在PCB事業は終了)などの小ロットかつ安価なネット基板業者の登場で、いきなり値段が1/10になった。二度目の価格破壊は2010年代にJLCPCBやPCBWayと言った中国の業者によってもたらされ、さらに1/10の価格になった(今や小さな基板5枚で数百円)。これを可能にしたのが、世界中からネットで注文を受け付け、自動で割り付けを行うシステムである(例えば大口の注文を割り付けた余白(=以前であれば捨てられるはずのもの)に小型の基板を配置すれば、原材料費はほぼゼロにできる)。ちなみに、これらの業者で注文を行うと、現在の処理状況(エッチング中なのか、シルク印刷中なのかなど)をネットでリアルタイム追跡できるようになっている(写真2)。深圳であれば注文から中1日で(高速オプションなら翌日に!)届くので、以前実験室で行っていたような感光基板のエッチングやCNCミリング加工による基板制作はほぼ行われなくなった。同様に、少し前まではやはり10万円超の世界であった多層FPC制作の価格破壊も進みつつあり、数千円&一週間で入手可能になっている。

 

また、一部の業者は、PCBへの部品実装(SMT)までサービスに組み込んでいる。提携する電子部品商のBOM(品番)リストをPCBデータと一緒に提出するだけで実装済みの基板が配達されてくる。SMTプロセスでは、個々の基板に応じて、ICチップや抵抗・コンデンサの入った部品カセットを倉庫から取り出して実装機械にセットし、試し撃ちなどのセットアップを行う必要があり、人手とコスト(試し撃ちに伴う部品の廃棄などもある)がかかる原因になっていた。このため、従来のSMTプロセスのMOQは最低でも100枚単位に設定されることが多かった。この問題を解決したのもビッグデータである。世界中からの注文を受けることで、「主に使われる部品の組み合わせ」が把握でき、これらをあらかじめ機械にセットしておくことで、小口の注文にも迅速安価に対応できるようになったのである。

 

注文から発送までの工程

写真2:注文したPCBの進行状況がWebから確認できる。この時は注文から発送まで1日半でした。

 

ここ数年で大きく成長しているのが3Dプリントによる部品制作である。樹脂フィラメントを使うFDM(熱溶解積層式)の3Dプリンタは既にホビー用などで多く使われているが、精度や強度に問題がある。これに対し3Dプリント業者は、業務用のUVインクジェット式やレーザー焼結式などの機械を多数揃え、産業用途にも使用可能な高精度部品や金属部品などの製作を請け負っている。前述のPCB業者と同様に、多数の注文を自動割り付けするシステムによって、材料交換の手間を減らし、プリントステージを最大限に活用することで、制作時間とコストの削減に成功している。小さなUVインクジェット式の部品であれば、ひとつ数百円で一個からでも注文でき、最短で翌日に配達される。

 

このように深圳周辺には、電子部品・基板・メカ部品を迅速安価に供給する体制が構築されており、「深圳の一週間はシリコンバレーの一ヶ月」とも言われる高速開発の源泉になっている。最近は地価や人件費の高騰によって工場が周辺地域や国外に移転しつつあるものの、結果的に設計開発部門が集結しつつあり、プロトタイピングを効率良く行う環境は未だ健在である。一度これに慣れてしまうと従来の緩慢な開発プロセスに戻ることは難しく、深圳のプロトタイピング天国はまだしばらく続くだろう。

 


*1 :深圳の「圳(土偏に川)」の字(JIS第三水準)は一部環境では表示できません。例えばテキストメールで ISO2022-JP でエンコードされた場合には「深?」などと表示されてしまいます。もちろん Unicode なら大丈夫。