遠山 紗矢香(静岡大学)

 

2022年から,高等学校では「情報Ⅰ」という,教科「情報」の新しい科目による教育が始まっています.なお,教科「情報」は2003年から高等学校普通科で指導されていましたので,このたびの指導要領改訂は,本教科では二度目となります.情報Iは,高等学校での必履修科目となっているため,普通科はもちろん専門高校(工業科や商業科等)でも,専門科目等において同様の内容が取り扱われています.

 

情報Ⅰは,「情報社会の問題解決」,「コミュニケーションと情報デザイン」,「コンピュータとプログラミング」,「情報通信ネットワークとデータの活用」という4つの分野から構成されています.普通科の生徒も含めて全員がプログラミングを学ぶということや,数理DS・AI教育につながるデータの活用を生徒全員が学ぶということが話題となりましたが,ここでは,本学会とも関連が深い「コミュニケーションと情報デザイン」に焦点を当てたいと思います.

 

「コミュニケーションと情報デザイン」では,正確にわかりやすく相手に情報を伝えるための方法や考え方について学びます.アフォーダンスとシグニファイアを区別して扱っている教科書もあり,最初にそれを見た時には良い意味でとても驚きました.

 

この単元では,学習活動の例として,ピクトグラムの創作を行う場合があると聞いています.ここで言うピクトグラムとは,それを見た人に誤りなく作者の意図が伝わることが期待されるものです.ただし,どんな背景を持った人に対して伝わればよいかについては,教科書に厳密な定義はありません.ある言説によれば「宇宙人には伝わらなくても大丈夫」という程度です.教科書等では,生徒同士で互いに作ったピクトグラムを確認して意図が伝わるかをチェックする活動例が示されている場合もあります.

 

翻って自分の生活を考えてみれば,ピクトグラムは昔と比べて増えているように思います.また,初めて目にするピクトグラムでその意図が理解できないことは,日本での日常生活や,海外の拠点空港においてはほとんどないように思われます.ピクトグラムに限られることなく,現代では,使いやすさ・わかりやすさに対する配慮が行き届いた事例が多数あるように思います.それはデザイナーの皆様方のご尽力によって得られた恩恵だと思われる一方で,自分が年相応に経験を積んだことも影響しているのかもしれません.つまり,歳を取った分だけ使ったことがあるもの・見たことがあるものが増えて,解釈を要する新奇なもの・こととの出会いが減っただけかもしれません.

 

昔話で恐縮ですが,私は約20年前に大学の授業で,ユーザビリティに問題がある事例を見つけてそれをレビューする活動を経験しました.今思えばこのレビュー活動で,自分はずいぶん偉そうだったな,と思います.常識がある人,つまり宇宙人以外ならば疑問なく使うことができるデザインに対しても,自分の人生経験が不足していることを棚に上げて,厳しいレビューをしていたような気がします.デザイナーの方には申し訳なくて,とてもお見せできないようなレビューだったと思います.一方で,使いづらい道具は色々なことを教えてくれたとも思います.なぜ使いづらいのかを突き詰めることは,将来自分がデザインする側に立ったとき,ユーザが同じ思いをしないように配慮する知見を授けてくれていたと思うからです.

 

先の例で考えると,高校生が自作したピクトグラムの意図が相手に伝わらなかったら,作り手である生徒はとても悲しいはずです.しかしながら,そのピクトグラムが宇宙人に伝わらなかったとしても,悲しくはないはずです.ピクトグラムの場合は,提示された情報を「解釈」することが肝になり,そこには経験や知識が関与します.出身星が異なり,文化や慣習も異なる(はずの)宇宙人が,日本の高校生が意図した通りにピクトグラムを解釈できなくても不思議はありません.一方で,もし宇宙人にピクトグラムを見せることができたら,先行経験や知識のちがいによって解釈が異なることを実感する良い機会になるのだろうとも思います(知人に宇宙人がいないので,実現できないのが残念です).

 

2024年7月,私は自分が宇宙人になったかのような経験をしました.旅先のホテル客室でお目にかかった空調スイッチを操作するとき,私はHとLが実際には逆なのではないかと訝しみ,「H」につまみを合わせて弱冷房になるかを確認してしまいました-最大風量になりました.おそらくこれは年代物のスイッチなのですが,現代も使われ続けていることから推測すれば,このスイッチが使えなくて途方にくれたお客さんはいないのだろうと思われます.20年前の私ならば,鬼の首を取ったようにこのスイッチでレビューを書いたと思います.今の私は,OFF->L->M->Hという順序が「普通」だろうと思いつつ,このスイッチが作られた当時の人々から見た私は「宇宙人」なのだろうかと,自問しています.

 

ある国内ホテル客室の空調スイッチ(遠山撮影)