内海章(ATRインタラクション科学研究所)

 

わたしは食べることが大好きで、食べたいものを自分で作るのも好きです。我が家の家事は分担制ですが、他の家事に比べれば料理は全然負担になりません。カレーにじゃがいもは入れない!など、自分で作るからできるこだわりもありますよね。料理のレパートリーはさほど多くはありませんが、なかには子供たちが気に入ってリクエストしてくるメニューもあります。そのひとつがコロッケです。

 

我が家の(わたしの)コロッケの味は親から受け継いだものではなく、わたしが子供のころ、近くに住んでいた同年代の姉妹のお母さんがときどきお裾分けしてくれたポテトコロッケがルーツです。母が作る定番の小判型コロッケと違い、俵型で牛挽肉がいっぱい入ったその揚げたてのコロッケは、かたち、肉の量、味、すべてが特別な御馳走でした。いまわたしが作るコロッケは、一人暮らしを始めてからあのコロッケが食べたい!と工夫を重ねたものです。とは言っても、何か特別な仕掛けがあるわけではなく、じゃがいもと牛挽肉で作るシンプルなコロッケです。挽肉はコショウとナツメグを効かせて炒め、固めに茹でたじゃがいもを歯ごたえが残る程度にまだらにつぶしたものとよく混ぜます。俵型にしてパン粉をつけて揚げ、揚げたてをケチャップ、ウスターソースに少量のカラシを加えたソースでいただきます。「体験を伝える」という言葉がありますが、料理の体験とはまさに食べること。リクエストしてくる子供たちにはどうやらわたしの子供時代のコロッケ体験がしっかり伝わったようです。そのうち子供たちがこの味を受け継いで自分の子や孫に食べさせる日がくるのでしょう。わたしが直接出会うことのない子孫たちが50年後、100年後に同じコロッケを頬張っているかも、と想像するとちょっと楽しい気分になります。

 

料理に限らず、発明や工夫はそうやって人から人へ世代を超えて波紋のように伝わっていくのだと思います。数世代先の人たちにとって、作った人の名前は単なる記号以上の意味を持たないでしょうが、体験は伝わります。その時代のテクノロジーに結びつくことの多いヒューマンインタフェースの研究が100年先200年先にそのまま使われるのはなかなか難しいかもしれませんが、一方でヒューマンインタフェースは人の体験に直結するもの。未来に届く新しい体験を作り上げ、その体験が世代を超えて何かにつながる、そんな研究がしたいなぁ。コロッケを作りながらふとそんなことを考える今日このごろです。

 

お気に入りの食器