小森 政嗣 (大阪電気通信大学)

 

みなさんのパソコンは光ってますか? 僕のパソコンは虹色に光ってますよ.
コンピュータが光ることに対して懐疑的なあなたも,今日からは考えを改めてください.

 

虹色に光るGPU
筆者の研究室のパソコンたち

 

そもそも黎明期からコンピュータは光るものと相場が決まっています.世界最初のコンピュータの一つと言われ水爆の開発にも用いられたENIACには飾り電球がつけられていたそうですし,バビル2世,スタートレック,ウルトラマン等々に登場するコンピュータもみんなチカチカ光っていました.光るコンピュータの代表格といえば,大量の赤いLEDが意味ありげに点滅する1980年代のスーパーコンピュータConnection Machineシリーズでしょう(『ジュラシック・パーク』にも登場していましたね).また,Yellow Magic Orchestraのワールドツアーに参加したシンセサイザープログラマー松武秀樹氏のMOOG IIIcというシンセにはクリスマスツリーの電飾が取り付けられていたそうです.カラフルな電飾が計算の役に立つかどうかなんて全くナンセンスな問いです.歴史が示す通り,コンピュータは光らせなければいけないものなのです(異論は認めます).

 

僕がパソコンを本格的に使い出した1990年代前半は無彩色のパソコンばかりで,電飾もなければ筐体もだいたいオフホワイトやベージュ,黒ばかりでした.この色彩のない時代を経て,2000年代になるとファンやCPUクーラーに青や赤のLEDを取り付けたいわゆるゲーミングPCの登場で,再びコンピュータは光を取り戻します.さらに,最近はメモリやキーボード,マウスに至るまで,虹色などカラフルなグラデーションで光るようになりました.

 

LEDが光るのはゲーマーの世界だけではありません.近頃はどの学生も「深層学習モデルを動かしたいから, GPUが搭載されたパソコンがないと研究ができません!」と泣きついてきます.弊貧乏研究室の少ない予算でコスパのいいハイスペックマシンを探すと,どうしても小学生男子の習字セットでしか見ないような謎の紋章や宇宙人やドラゴンのマークが誇らしげに付けられたゲーミングPCを購入せざるを得ません.これを毎年のように買い足していくと,気がつけば研究室は虹色PCに占領されてしまうけです.

 

しかしここで疑問が湧いてきます.なぜ虹色なんだ??

 

虹色といえば,LGBTQ+を象徴するレインボーフラッグは,映画『オズの魔法使い』で“Over the Rainbow”を歌ったJudy Garlandがバイセクシャルであったことに由来するそうですが,ゲーミングPCが虹色に光ることとはおそらく関係ないでしょう.虹色に光るパソコンが好まれる理由に関する論文ぐらいあるだろうと調べてみましたが全く見つかりません.

 

そこで,自分なりにパソコンが虹色に光る理由について,以下の4つの仮説をひねり出しました.

 

○ 虹色光がシステムの可視性を高める説
コタツや電子レンジが光っているのと同様に,システム・ステータスをユーザに知らせる役割を虹色LEDは持っているという説です.うまく解説した気分にはなりますが,虹色に光る理由は全く説明できていません.却下.

 

○ 虹色光が没入感や集中力を高める説
照明が作業に及ぼす影響の研究といえば,まずホーソン実験が思い浮かびます(たしか照明の効果はないという話でしたが,現在ではもちろん作業に応じた照明環境がJIS規格で定められています).その後も,集中力や疲労,作業効率等に色彩が及ぼす影響の研究はそれなりに行われてきたようですが,あまり一貫した結果は得られていないようです.また,多くの研究は単色を扱ったものであり,虹色の光に集中力を高める効果があるという研究は見つけられませんでした.この説も却下です.

 

○ 虹色LEDハンディキャップ説
「こんな意味のない虹色の光を放つパーツを取り付けられるぐらい経済的に余裕があるということは,もうパソコン本体のスペックはもうこれ以上高くする必要がないぐらい充分に高いぜ」ということを周囲に示すためのシグナルとして虹色LEDは機能しているという説です.ハンディキャップ理論というのは,もともとはAmotz Zahaviというイスラエルの学者が進化生物学の文脈で提唱した考え方ですが,その理論に従えば,ハンディキャップ(この場合は虹色LED)が意味を持つためには,虹色LEDがパソコンの性能の高さを正直に表すシグナルになっており(つまり虹色パソコンは間違いなく性能が高い),かつ,それを周囲に示すことが発信者と受信者双方にとって適応的である必要があります.ゲーマー達がパソコンの性能の高さを周囲に誇示し,誇示されることが彼らにとって何らかのメリットになるのであれば,この説は正しいかもしれません.

 

○ 人類はカラフルなのがもともと大好き説
「進化の副産物として人類は虹色のパソコンが好き」という説です.認知心理学者Steven Pinkerが音楽を指して「聴覚のチーズケーキ」と表現したのと同じ理屈です.つまり,人類進化の過程で色彩が豊かな環境への選好を獲得した結果,チーズケーキを好むように虹色LEDに対して抗いがたい魅力を感じるようになったということです.個人的にはこれが一番好きな説です.

 

さて,紙幅を大幅に超過してしまいましたので,残念ながらこの謎は未解決のまま後世に委ねられることになります.話は変わりますが,コラボレーション基盤専門研究委員会(SIG-COASTER)が発足しました.皆様のご参加をお待ちしています!