雨宮 智浩 (東京大学)

 

定期健康診断などで「1日のうちにパソコンの前でどれくらい作業していますか」という質問があります.この質問項目はよくできていて,この回答だけでも健康面の様々な問題が推測できそうです.かくいう私は日頃あまり作業時間を意識していません.ただし,昨年から今年にかけては新型コロナウイルス感染症の流行以降,リモート会議やリモート講義などでその割合が増加していることに疑いの余地はありません.それ以外にも電車でスマートフォンやタブレットを見たり,家ではテレビの画面も見たりしています(図1).自家用車のバックミラーもモニタになっていますし,サイドミラーもモニタになっている自動車もあると聞きます.1日のうちにこれだけモニタという2次元平面と対峙していると,現実世界が3次元空間であっても,2次元平面で事足りるのではと錯覚してしまいます.

図1 すぐ手に届く範囲にあるモニタの例

サイバーコロキウムをはじめ,オンラインでの学会や研究会が一般的になり,VR空間で実施される機会も増えています.そこでよく話題になるのが,2次元平面ではなく,3次元空間のバーチャル空間はそもそも必要なのか,です.私の現所属はバーチャルリアリティ教育研究センターという組織ということもあり,VRに纏わる様々なプロジェクトにお声がけいただいています.VRはそもそもHMDを使わない研究領域も多い分野ですが,ここでもバーチャル空間に何かを実装することが旬の話題です.ただ,ここで注意したいのは,バーチャル空間化は手段であって,目的ではないと考えています.会議にしても講義にしてもなんでもかんでも3次元CGで作ればよいということではないと思います.

 

それに対して,「バーチャル化」,つまりリアリティの本質の抽出とそのデジタル化は一刻も早く進めるべきだと考えています.その理由の一つが,「コロナ前の世界に戻せ」おじさんの存在です.このコロナ禍である種の痛みを伴って進展したオンライン社会ですが,この世界を見なかったことにしようとする人が思いのほか多いと気づきました.対面の必要性や有効性を否定しているわけではないですが,対面でできないけれどもオンラインやバーチャルでできることをむしろ積極的に学界からエビデンスをつけて発信して,選択肢として地位を築かないと,本当に元に戻ってしまうかもしれません.それこそヒューマンインタフェースの領域で長年取り組まれている課題ではないかと思います.時間の流れに沿った会話や点字のような言語コミュニケーションも1次元ですが,このように次元を縮退してもよいもの,対面でないと不可能なこと,バーチャル化できることを整理し,本質を抽出して,選択できるようにすることが多様性の観点からも重要かなと思っています.その結果,オンラインにせよバーチャル空間にせよ,必要とされれば残るのだろうと思います.

 

2次元平面のモニタ上で展開されるビデオ会議に話を戻すと,自分のカメラ画面を消す(カメラオフ)ように要求されたり,逆に顔出しを要求されたり,様々です.これもなぜカメラをオン・オフするかから問い直すべきかもしれません.カメラ画面にすこしフィルタを入れたり,他人に化けたりすることもコミュニケーションに良い効果を生むかもと期待されています(図2).一方,カメラオフにすれば音声だけの電話会議と同じ1次元になります.カメラオフは通信量削減に寄与するだけでなく,顔を出さないほうが話やすい人にとっては嬉しいルールかもしれません.さらに音声だけのSNSも登場し,さらに発展する兆しもあります.音声だけの会議なら布団の中からでも参加できますね.冒頭の「1日のうちにパソコンの前でどれくらい作業していますか」の定期健康での質問を「その作業,パソコンの前でなくてもできませんか」と深読みすれば,布団に入って作業する口実になるかもしれません.ただし,慣れないとまぶたの裏という真っ黒な2次元平面(曲面)と対峙することになるかもしれませんが.

図2 講師カメラ画面を加工して実施したオンライン講義の例