葛岡 英明(東京大学)

 

5年ほど前から、つくば市の自宅から車で20分ほどのところにある低山の朝日峠に行って、健康維持とリフレッシュを兼ねてハイキングをするのが毎週末の習慣になっている。いつも山道を歩いているときは、その時々に気になっていることが思い出されて色々な考えが頭を巡るが、適度にリラックスしているせいか、仕事中よりも良いアイディアが浮かんでくるような気がしている。そのようなわけで、このリレーエッセイのネタが浮かぶことを期待して、昨日もハイキングに行ってきた。しかし、思い浮かぶのはここに書くことがふさわしくない愚痴ばかりだった。そこで近所にお住まいのY先生にお願いをして、1時間ほど散歩をしながら、アイディア出しに付き合っていただいたが、結局良いアイディアが浮かばないまま自宅に到着。取りあえずネタの相談は止めて、それぞれ草むしりを始めたところで、ふと最近読んだ論文は何かという話になり、マイクロソフトの論文を思い出した。

 

コロナ禍の影響でマイクロソフトが2020年2月に全社的にリモートワークに移行したところ、社員同士のコミュニケーションは、強い繋がり(strong tie)を持つ者同士の関係が強化・固定化し、弱い繋がり(weak tie)を持つ者同士の関係がさらに希薄化したというのである(Yang et al.,2021)。弱い繋がりを持つ人に偶発的に出合って雑談(water-cooler talk)したときに、新しい情報やアイディアが得られることが多いことが指摘されているので、社内で弱い繋がりの関係にある社員同士の偶発的な交流が減少することは、今後の生産性や技術革新に影響を与える可能性があるというのである。繋がりの強さによって、リモートワークの影響がどのように違ってくるのかということはNTTでも類似の研究がおこなわれていて、メンタルヘルスへの影響が指摘されている(赤堀、他, 2021)。また、私たちの研究では、リモートワークになると弱い繋がりの相手ほど、仕事に真剣に取り組んでいないような印象が強くなってしまうことが分かった(Yang, et al. 2022)。

 

これらの論文の話をしたところで、それなら、この話をエッセイに書くことにしようと思った。今回のネタも草むしり中の雑談がヒントになったわけで、雑談は重要だなと実感したのだ。そういえばハイキングも、途中で人と会うと必ず「こんにちは」と挨拶するし、まったく知らない人としばらく雑談をすることもある。こうした意図しない雑談は気分転換になるし、時には新たな発想のヒントにもなる。

 

実は2年半前に勤務地が東京に変わったときに、東京方面に引っ越すことも考えた。しかし、転勤して1年で緊急事態宣言が出されて主にリモートワークの生活となってしまった。新しい職場での人間関係は弱い繋がりがほとんどなのに、毎日のようにある会議はフォーマルなものばかりで、偶発的な雑談の機会は少ないし、出勤してもオフィスにこもっていることが多いので、気分転換も図りづらい。そうなると、毎週のハイキングやご近所との雑談は貴重であり、東京への引っ越しはしばらくお預けだなと思うのである。

 

  • Yang, L., Holtz, D., Jaffe, S., et al. The effects of remote work on collaboration among information workers. Nat Hum Behav, 2021.
  • 赤堀渉,中谷桃子,橋本遼,山下直美, “在宅勤務が職場の関係性及びメンタルヘルスに及ぼす影響”, 情報処理学会 インタラクション2021論文集, pp. 1-10, 2021.
  • Yang, C., Yamashita, N., Kuzuoka, H., Wang, H., and Foong, E., Distance Matters to Weak Ties: Exploring How Workers Perceive Their Strongly- and Weakly-Connected Collaborators in Remote Workplaces, 2022.(掲載予定)

 

朝日峠頂上からの眺め