黒須正明(放送大学名誉教授)

 

僕は今年で74才になる。後期高齢者にあと一歩である。大学を定年退職したのが68歳のときだから、もうそれから丸5年は経っていることになる。まあ、こんな爺さん(自分ではその自覚は足りないのだが)に執筆のご依頼が来たということは、爺さんならではの研究への取り組み方、あるいはポスト研究者生活というものを知りたいという意図が、編集委員会にあったのではないかと想像し、それに真っ向から応じた原稿を書かせていただくことにした。

 

まずは退職の大仕事として、断捨離という作業があった。自宅とあわせると7000冊を超える書籍があった。もちろん全部読んだ訳では無いが、これはひと財産である。古書店に売却するとか、資源ごみにしてしまうという人もあるだろうが、そこに掛けた金額と選択した労苦を考えると、なんとか残して置きたかった。しかし、それを全部いれる書庫スペースなどあるわけがない。そこで僕が取ったのはPDF化してHDにおさめてしまう方法だった。ボンズ企画という会社の電子データ化事業部というところに外注して全書籍のPDF化を行った。しめて300万円以上の金と2ヶ月以上の時間がかかったが、全部の書籍がポータブルHDに収まったのを見ると、驚きというか喜びというか、特別な感慨があった。今では、それを縦置きにしたモニターにPDFビューアというタブビューアで表示して読んでいる。うれしかったのは、元の判型が文庫本のように小さければ、それを27インチモニターに画面一杯に表示すると、老眼を気にせず、楽に読めることだった。

 

毎年2,3台購入してきた多数のパソコンは、HDを外して処分した。書棚や机などの什器は必要な人に渡し、残りは処分した。その他もろもろも原則として処分してしまった。それでも現在の我が家はモノに溢れていて、さらなる断捨離が必要な状況にある。

 

退職にともなう精神的なショックというものは軽かった。もともと放送大学の場合は、対面授業は原則としてないので、授業の負担は比較的軽く、各種の会議から解放されたのが違いといえばいえた。そして、まだ担当の残っていた科目の試験対応とか、非常勤講師の仕事とか、幾つかの講演とかをこなしていると、生活パターンに大きな変化は生じなかったのだ。

 

いちばん大きな変化は、研究費の途絶だった。科研に応募できなくなり、その他の助成金も若手重視の傾向にあり、高齢者はひっこんでろ的な状況にあった。それでも僕の研究テーマの場合は、非常勤の授業で学生さんからデータを集めるといったような形でなんとかなるので、研究を継続することはできた。そんなこんなで、いろいろと研究を行い、毎年、日本語の本を一冊以上刊行する、という目標は達成できている。学会の参加費や旅費、滞在費が枯渇したことも大きかった。年会費のこともあって、半分以上の学会を退会した。大会参加については、コロナのお陰でオンラインがほとんどになったので、旅費や滞在費については楽になった。パソコンの買い替え頻度も極端に落ちた。使用中のパソコンは、最近CPUオーバーヒートということで落ちてしまうことが起きるようになり、そろそろ新型と交換しなければならなくなった。でも27インチ5画面(写真ではPDFの画面をいれてない)を使った自宅オフィスでの仕事は快適である。

 

その他、身体的には老化を意識しなければならないことが多くなった。生活習慣病もそうだし、その結果、中心動脈閉塞症という病気で右目が見えなくなったり、歩行速度が落ちたり、人の名前が思い出せなくなったり、と不都合なことはどんどん増えている。

 

でもまあ、こんな具合で老衰状態に軟着陸し、ある日ぽっくり、というのが今描いている夢、というか将来予想図である。ま、思い通りにならないのが人生ではあるが。

 

筆者のPCのデスクトップ画面

日常の仕事場と化した四モニター環境のイメージ: 左上は仕事の主対象となる資料の表示、左下は作業用のファイルやその他のファイル、右上はメール関連、右下は原稿やパワーポイントなどの作成場所

現在の黒須研究室

現在の黒須研究室: どう見ても雑然としているが、それなりにルールにしたがって配置されている