岡橋さやか(国立長寿医療研究センター)

 

知多半島北部の丘陵地に当研究所はある。京都から愛知に来て早くも2年となった。自転車ごと飛ばされそうな強風に悩まされることもあるが、晴れた日に広がる展望は素晴らしい。医療機関での作業療法や医工融合研究、大学教育に従事してきた私にとって新たな取り組みも多く、今は仕事を通して地域社会がより近くに感じられる。

当センターからの眺望(初秋)

当センターからの眺望(初秋)

隣町の東浦町福祉センター内には、子どもからお年寄りまで皆が利用できるスペース「にじいろひろば」がある。親子教室、脳トレ教室など様々な催しがされているが、毎週水曜午前は認知症カフェ(ひだまりカフェ)の日だ。認知症カフェは認知症の人や家族、地域住民など誰もが参加し、専門職への相談や自由な交流が行える場であり、近頃は医療福祉施設だけでなく周辺のコメダ珈琲などの喫茶店でも開催されている。

 

私が所属する老年社会科学研究部では、ひだまりカフェの日にアートプログラムを月1回行っている。絵画鑑賞、季節のモチーフや人物の写真撮影、コラージュ創作といった3種類の内容があり、そのなかでは各自の作品を鑑賞し合い良いなと思ったところを伝える肯定的なコミュニケーションをファシリテータのもとで行う。これを通して参加者の気分改善や、要介護者と家族が一緒に参加する場合にはより良い関係性の構築が期待される。加えて、ここならではの世代を超えた社会交流もある。

 

10月のある日、私は朝からこの福祉センターを訪れていた。会議が終わりちょうどお昼前となった時、「今日はカレーの日なんですよ!是非とも一階を覗いてみてください」と同席の係長よりお声掛け頂いた。ボランティアによる「にじ丼」は前からあったけれど、、、新しい名物かしら?心躍らせ立ち寄ってみると、そこには厨房でせっせと料理する高齢女性数名の姿があった。エプロンと三角巾をつけて懸命に働いておられる。アートプログラムにいつも参加されている認知症の人もいた。脇目も振らず熱心に作業され、仕上げの味の調整中の様子。職員は見守るだけで、認知症のご本人が主体的に行っていた。役割分担して進められ、中には厨房端の椅子に座って休憩中の人もいる(職員が付き添って話を聞いている)。お料理しているうちに少し疲れてしまったのだそうだ。

 

「幸福屋(しあわせや)」という名のレストランは月に一度だけオープンする。にじいろひろばの席では既にグループ客が話に花を咲かせていた。チラシを見て来られた近隣住民の方々だ。いま厨房で料理している人のご主人も開店時刻に来られるとのこと。数ヵ月前から漬け込まれたらっきょうも傍らで出番を待っていた。「毎回のメニューもみんなで話し合って決めるんですよ」と職員。“注文をまちがえる料理店”も話題になったが、認知症であってもできる範囲でマイペースに活動でき、地域住民にも参加してもらいやすい場を目指して今年7月から開始し、好評とのお話であった。今日はキーマカレーだから、みじん切りに時間がかかってしまったみたいだ。限定20食、1皿200円で提供され、調理担当者にも少額の謝礼がある。

 

ポストコロナにおける地域共生社会の小さな実践が始まっているのを実感した。残念ながらその日は予定がありカレーは食べられなかったが、その場に集う皆の笑顔、料理に腕を振るい生き生きした表情の人に触れ、私も幸せな気分になった。ここ東浦町での実践のように、各地域ではそれぞれの特色にあったユニークな取り組みが行われている。これから実践に関わる一研究員として、福祉の専門家や行政職員など色々な立場の人と連携しながら、私が研究を続けているヒューマンインタフェースの視点も取り入れて地域共生社会の発展に貢献したいと思う。