西本 一志(北陸先端科学技術大学院)

 

皆さんは,新しい研究を立ち上げるとき,まず何から始めますか?たとえば,ある企業や大学などの組織内において,特定の属性(知識や技能など)を有する人物を探しだす「人材検索システム」の研究をしたいと思ったとしましょう.すると,まずKnow-whoシステムやWho’s whoシステムなどの人材検索システムに関する文献調査を行って従来の研究動向を把握し,その結果に基づき,まだ試みられていない,新たな,世の中の役に立つ手段を探そうとする人が大半だろうと思います.それが研究の正しいアプローチだと思っているでしょうし,そのように指導されることも多いでしょう.

 

しかしながら私の研究室では,ほぼ正反対の指導を行っています.すなわち,「最初に文献調査をするな.文献調査で研究テーマを探さず,自分の経験や内省,欲求からテーマを見つけろ.文献調査は,その後で行え.」「世の中の役に立つ研究をしようとするな.自分の役に立つ,自分がうれしい研究をしろ.自分と同じ願望を持つ人は必ず他にもいるので,結果として世の中の役に立つようになるはずだ.」という指導です.通常の研究の,特に序盤のアプローチをひっくり返した,いわば「反転研究」と言えるかと思います(よく邪道だと言われますが).

 

なぜそんなアプローチをとるのか,先述の人材検索システムの例で説明します.文献調査をやってみると,「なんらかの専門知識を持つエキスパートを探すシステム」の研究例ばかりが見つかり,その多くが,「個々人が執筆した論文や技術資料,メールなどをもとにして,誰がどのような知識を持っているかを分析する」ことによるプロファイル情報構築手段をとっています.こういう先行研究例ばかりを最初に見ると,頭の中に「人材検索システムの検索対象は,エキスパートである」という固定観念や,「プロファイル情報は,各人が書いた文章をもとにして作るものである」という固定観念ができ上がってしまい,この枠を超えた人材検索システムをなかなか発想できなくなってしまいます.しかしながら,探したい人材はエキスパートだけでしょうか?たとえばあなたが新たに興味を持った趣味に関するサークルを作りたいと思ったとき,その趣味に詳しい人だけでなく,自分と同じような初心者も探したくならないでしょうか.このような,同じ趣味に興味を持ってくれそうな初心者を探すシステムの必要性への気づきやその実現手段のアイデアは,先行研究調査からはほぼ得られません.あなたが,自分自身を振り返ってはじめてその必要性に気づくことができ,そしてその実現手段は自ら案出しなければなりません.こうして,まず自分自身で研究テーマと解決手段を産み出してから,その後で文献調査を行い,自分のアイデアが新規かどうかを確認する,という手順を踏むべきだと思います.そうすれば,先行研究調査がもたらす固定観念の呪縛を免れた,画期的な研究を産み出す可能性が高まると思います(なお当研究室では,固定観念打開のための別策として,飲酒しながらの通称「酒ゼミ」も時折開催しています).

 

研究とは,「巨人の肩の上に立つ」ことであると言われます.それは疑いありませんが,巨人は一人ではありません.何人もいます.どの巨人の肩の上に立つべきかを,よく選ばなければなりません.最初に文献調査を行うと,だいたい目立った大巨人がまず見つかり,そのままその大巨人の肩に登ってしまいがちです.どの巨人の肩に登るべきか,まずは巨人たちの足元に広がる荒野をうろついてみることから始めるべきだと思います.私は,まだ目立たない小さな巨人の肩の上に立ちたいと常々思っています.

 

第46回リレーエッセイ画像

酒ゼミ(2006年10月27日)