山本 倫也(関西学院大学)

 

そういえば、インタフェースに興味をもった原点は、学生の頃、パソコン(NECのPC-9821Ap2という日本独自仕様だった。PCと言われるようになったのは、当時DOS/VとかAT互換機とか言われた世界標準仕様の前の機種だと思う)を買ったときの、MS-DOSとWindows 3.1という奇妙なOSの組み合わせにあったかもしれない。パソコンをピポッと起動し、MS-DOSの黒い画面(今で言えば、コマンドプロントが画面全体に広がっているイメージ)から“win”というコマンドを入力して、Windowsを起動させるのである。Windowsから”cmd”と入力してコマンドプロンプトを使う今とは真逆の謎仕様(?)だったが、コマンドラインからGUIに代わる未来が感じられた。謎仕様ではないIBMのOS/2(うまくいけば安定するが、ドライバをアップデートすると起動しなくなったりする代物だった)や、今のWindowsのもとになったWindows NT(そのもとはOS/2なんですけどね。重かったけれど圧倒的にフリーズしなかったので、こればかり使っていた)なども使えた。FreeBSDというUNIX系のOS(Mosaicで本格的にインターネットできた)や、国産OSのTRON(軽いけど、ほとんどアプリがなかった)も動いた。同じコンピュータで、様々なOSとその設計思想に触れることができ、異なるユーザ体験ができるのは、高揚感があった。

 

研究者になってから同じように感じたのは、iPadである。これも思い出深い。ACMのCHI 2010でアトランタを訪れた際、検索して見つけたショッピングモールのAppleストアで、米国で先行発売されたばかりのiPadを体験した。そのワクワク感から、思わず自腹でiPadを買ってしまった日本の研究者は、私だけではなかったはずである。10年以上前だが、紙が電子化されてそしてクラウドに繋がるという、今となっては当たり前の体験が見えたのである。少し前のモデルから、私のキタナイ字もきっちりデジタイズしてくれる素晴らしいペンまでついており、ハイブリッド時代を迎えて、ますます手放せなくなっている。

 

そして最近、未来を感じたのが、Meta Quest Proである。私事ではあるが、老眼が進んでいて爪を切るときに見づらい。まあ爪なら見えなくても切れるのだが、痛くなったさかむけは、近づけたらぼやけて遠ざけたら小さくて見えなくなるので、裸眼ではうまくカットできなくなってしまった。そんな昨今、Quest Proの素晴らしいビデオシースルーに触れたのだ。ご存じの方はご存じだと思うが、光学式シースルーではないのに、HMDを通して、非常に自然に、正確に、外界が見える。怪しいとか恥ずかしいとか言わなければ、HMDをかけて支障なく日常生活を送れそうで、たとえば、電車に乗ることも、何なら紙にメモすることも問題なさそう。これはいわば眼鏡のDXで、カメラの性能が上がれば遠近両用レンズも要らなくなるだろう。そして先日、Quest Proをかけて爪を切ってみた。驚くべきことに、まだ少しずれもあるが、老眼鏡よりも手元がクッキリである。そして。ものすごく自然なこの映像が、もしかしたら加工されているかもしれないのがもう1つのポイント。簡単に爪切りの色を変えたり、爪にネイルをつけたりできそう。リアルとバーチャルの融合が、ここから本格的に始まろうとしている。これはすごい!

 

とまあ、こんな新しいモノ好きの私なのだが、研究者としては、新しいモノを作るのが好きで、新しいコトが分かるのも好きである。たとえば最近は、眼球運動の検査・トレーニングシステムの研究開発を進めている。本を読む際、行に沿って読むのが追従性の眼球運動、次の行に飛ぶのが跳躍性の眼球運動である。眼球を支える6本の筋肉の協調制御がうまくできずに、本を読むのが苦手になり、学びに問題を抱える子どもが少なくないそうだ。これがつまずきのきっかけなら、きちんと検査して、必要に応じてトレーニングすればよい。眼鏡が整形外科なら、眼球運動のトレーニングはリハビリのようなものだ。ただ、必要なのは間違いないが研究も普及も進んでいない。今、多様性が叫ばれているが、スマホからVRまで、いわば視覚偏重の時代となってしまっている。目が疲れたらホットアイマスクもいいけれど、少し目を動かしてストレッチするもいいかもという、新しい未来をこの研究から感じていただければ、こんなありがたい話はない。そして、ヒューマンインタフェース学会がこれからも、未来を感じるインタフェースとのワクワクする出会いの場でありつづけてほしいと切に願っている。

 

今でも動く初代iPadと、最新のM2内蔵11インチiPad Pro。並べると、変わらなさも新しさも感じる。

 

Meta Quest Proの「眼」で、爪を切っている筆者。どんな依頼ですか?と学生に突っ込まれながら撮影してもらったが、こんな未来も、アリだと思っている。

 

眼球運動の検査・トレーニングシステムを開発中。写真は大阪府の小学校で運用中のプロトタイプ。まずは問題を抱える子どもたちに届けていきたい。