谷口 忠大(立命館大学)

 

2022年12月15日。僕は千葉の浦安にやってきていた。クリスマスに家族旅行でディズニーランドとかそういうわけじゃない。

――残念ながら!

 

全国大学ビブリオバトル2022ファイナルステージ in 浦安に参加するためだ。2020年、2021年と新型コロナウィルスの影響でオンラインの代替大会となった。主催の活字文化推進会議と共催の一般社団法人ビブリオバトル協会、ビブリオバトル普及委員会の英断で、今年は三年ぶりでの完全対面開催を行ったのだ。

――素晴らしいことに!

 

 

全国大学ビブリオバトルは前身を東京都主催のビブリオバトル首都決戦(2010年より開催)とする。日本全国でビブリオバトルを楽しむ大学生・大学院生による年に一度のお祭りである。この大会の始まりは、京都大学を中心に広がりつつあった(筆者発案の)ビブリオバトルの活動が紀伊國屋書店、読売新聞社の関係者の耳に入り、そこから都庁、猪瀬直樹副都知事(当時)へと情報伝播したことに遡る。2010年は単発のイベントとして開催されたものを2011年から筆者の提案を基礎としつつビブリオバトル普及委員会や他のボランティア団体の協力もあり全国化、その後、主催が東京都から活字文化推進会議に移り、現在に至る。

 

さて、3年ぶりの対面開催であるが、正直に言って「めちゃくちゃ楽しかった」。そして「気づき」があった。オンライン開催と対面開催の質的な差。ビブリオバトルという「コミュニケーション場のメカニズム」を駆動するための対面というメディアの性能をひしひしと感じられた。ビブリオバトルは初期の議論では(川上浩司先生が提唱する)「不便益」の研究の一部に位置付けられていたりもするほど、「インターネットの時代にわざわざ本を持ち寄って一箇所に集まること」を重視していた。

――今で言えば「対面」を重視していた。

 

 

しかし、当時はZOOMのような容易に用いられるビデオ会議システムも無かったわけで、オンラインビブリオバトルの可能性は十分に探究されていなかった。学者たるものエビデンスも無いのにトップダウンな思考だけで、「やっぱり対面じゃないとダメだ!」なんて決めつけるのも、あまりよろしくないものである。またオンラインには「近くにビブリオバトルを一緒にする仲間がいない」人、特に非都市部の人でも参加できるメリットもある。そういうわけで2020年と2021年はある種の社会実験のように、ビブリオバトルのオンライン化を探究する年だと、自分の中で位置づけていた。そんな気持ちで2020年と2021年のオンライン大会も実施側となりつつも、学者の視点で俯瞰もしていた。しかし、やっぱり、対面に戻るとその「質的差異」を強く感じたのだ[1]

 

ところで、どうして「ヒューマンインタフェース学会」のエッセイでビブリオバトルのことを書いているのか? それには理由がある。学術的には「ビブリオバトル発祥の地はヒューマンインタフェース学会だから」である!(これ、あんまり、知られていない事実かもしれませんが……。)

 

初めて僕が、コミュニケーション場のメカニズム、人と人を繋げるインタフェースとしての「ビブリオバトル」概念を学会発表したのがヒューマンインタフェースシンポジウム2009だった[2]。その後、論文投稿し、学会誌には査読付き学術論文として2010年に掲載されている[3]。思えば、この論文で比較実験を行っていたのが、

  1. 対面でのビブリオバトル環境で本の紹介を行う場合
  2. カメラを前にして(オンライン動画の)収録環境で本の紹介を行う場合

の感性評価であった。ある意味で10年以上前にコロナ禍における論点を先取りしていたのかもしれない。ちなみに、その後、ビブリオバトルに関しては「ビブリオバトルを書籍の推薦システムとして見た時、他の情報推薦システムとどういう違いがあるのか?」を真面目に比較した論文もヒューマンインタフェース学会誌に掲載させていただいたりしているので、是非、ご一読いただきたい。これも実は、現在、推薦システム周りで問題になるフィルターバブル現象のようなものを打ち砕く側面がビブリオバトルにあることを示唆していて、とても面白い[4]

 

学術的には、その後の展開として、ビブリオバトルのような「ゲームのルールを作ってコミュニケーションを変える」というアプローチを「コミュニケーション場のメカニズムデザイン」として体系化することを目指して、JST未来社会創造事業等によりに2017年度-2019年度に取り組ませていただいたりしている。そこでの議論もまとめ書籍刊行しているので、そちらもよろしければ参照いただければありがたい[5]

 

さて今回のエッセイは、気楽なエッセイということで、特にオチも付けずに、(僕のビブリオバトルでの発表のように)グダグダになって終わろうと心に決めて書き始めたが、字数も依頼文字数の2倍近くオーバーしているので、そろそろ締めたい。この10年を通してビブリオバトルは日本全国(一部、世界にも)に広まったが、同時に2010年はAI技術を象徴としたデータに基づく情報技術が大いに進歩し、社会を変えた時代でもあった。SNSが人と人の繋がりやコミュニケーションを変えた2010年代。それを超えて、2020年代、ChatGPTを始めとするAIが人間の言語コミュニケーションを模倣しつつ変質させはじめている。そのような時代にあって、人と機械、人と人を繋ぐための「情報機器」側のデザインのみならず、よりその全体の系を捉えた「場」や「メカニズム」、「(人を含んだ)システム」のデザインに、その眼差しを向けるヒューマンインタフェース研究が引き続き重要なんだろう。

 

クリスマスの日。3年ぶりの開催となる、全国大学ビブリオバトル決勝大会。多くの人が集い、本の紹介と、質疑を交わして楽しんだ、その会場の「空気」に身を浸しながら、そんなことをなんとなく思った。

 

 

[1] ビブリオバトルに関しては「コミュニティ型」「イベント型」「ワークショップ型」の3類型にわけられる。この3類型によってオンライン化による機能の毀損はどうも違うようであり、特に多くの聴衆の顔が見えなくなる「イベント型」において、ビブリオバトルの機能の毀損は顕著なようだ。例えば、対面だと観客の表情や笑い声を含めたフィードバックが共有された空間の中で、リアルタイムに生まれることが、話者の語りを変え、聞き手の参加感を変え、体験を変化させるが、ZOOMだとそれが著しく損なわれる。このあたりの定量評価も間違いなく研究課題である。

[2] 谷口忠大,川上浩司,片井修, ビブリオバトル:書評で繋がりを生成するインタフェースの構築, ヒューマンインタフェースシンポジウム2009, 2009,

[3] 谷口忠大,川上浩司,片井修, ビブリオバトル:書評により媒介される社会的相互作用場の設計, ヒューマンインタフェース学会誌, 12(4), pp.93-104, 2010, https://www.jstage.jst.go.jp/article/his/12/4/12_427/_article/-char/ja/

[4] 奥健太,赤池勇磨,谷口忠大, 推薦システムとしてのビブリオバトルの評価, ヒューマンインタフェース学会論文誌, 15(1), pp.95-106, 2013. https://www.jstage.jst.go.jp/article/his/15/1/15_95/_article/-char/ja

[5] 谷口忠大,石川竜一郎(編著),中川智皓,蓮行,井之上直也,末長英里子,益井博史(著), コミュニケーション場のメカニズムデザイン, 慶應義塾大学出版会, 2021 https://amzn.to/3k9nsxA